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緑色さんの多目的ブログ
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Paul Graham『ハッカーと画家』



知り合いが貸してくれた。エッセイだから、サマリというより、楽しめたくだりを個別に書き下す感じでまとめる。



ハッカーは科学者ではなくもの創り。
  • ハッカーとは、優れたプログラマたちが優れたプログラマたちのことを指していう呼び名だ。
  • ハッカーにとってコンピュータは単なる表現の媒体に過ぎない。画家にとって絵の具がそうであるように。
  • 多くの分野ではプロトタイプは本番とは違う材料で作られた。彫像は蝋でモデリングされたあとブロンズに鋳造されたし、石造りの建物はまず木で模型が作られた。油絵が流行したのは、プロトタイプをそのまま完成品にしていけるからだった。ソフトウェアも油絵と同じ。
  • 優れたハッカーは共通して好奇心が強い。好奇心とは、覗いてはいけないと書いてあるドアを覗くことだ。
  • 覗いてはいけないと書いてあるドアとは何か? 世間一般で口にしてはいけないとされていることだ。
  • タブーは時代によって変わるものだから絶対的なものではない。ものごとが意味不明な根拠で禁じられているということはよくある。非難の根拠がレッテルであるときその可能性は高まる。
  • 口にできないことを問い続けることで明晰な思考が生まれる。当然とみなされていることを疑う能力は科学でも大きな利点である。
  • ハッカーたちは基本的に非服従である。なぜなら、権威が幅を利かせる社会は悪いアイデアが勝つ世界につながるからだ。やりたいことが自由にできない社会では、最も効率の良い解ではなく影響力のある人々に支持される解が勝ってしまう。
  • 普通のプログラマは生活のためにコードを書く。素晴らしいハッカーにとってコード書きは楽しみのためにするものである。
  • 素晴らしいハッカーに共通することのひとつは、彼らが自分から望まないことをやらせるのは極めて難しいということだ。

富とお金は違う。本当に欲しいのは富である。
  • 富とお金は違う。お金は作り出せないが富は創り出せる。壊れた車を修理したら、富が創り出されたことになる。
  • もの創りの職人は富が創り出せることに気づきやすい。そして現代の職人がプログラマである。
  • 格差は悪いことではない。格差は富を作り出す人々が富の対価を得ている証だからだ。
  • ジャンボジェットのパイロットは荷物預かり窓口スタッフの40倍の収入を得ているかもしれないが、パイロットが領主で他のスタッフを奴隷にしているわけじゃない。単にパイロットの技能のほうがずっと価値があるだけだ。
  • ある人に他の人の2倍の才能があり、10倍の収入を得ていることを不公平と言う人がいる。だがそうではない。たかだか2倍の技能であっても、それが一人の人間の中に凝縮されているということに大きな意味がある。
  • 確かに技術収入の格差は広がっているかもしれないが、他の多くの格差は縮まっている。我々が避けたいのは絶対的な貧困であり、相対的な貧困ではない。

よいデザインは「人それぞれ」ではない。
  • センスは個人の好みだ、ってのは論争を避けるにはいいが真実ではない。
  • よいデザインには原則がある。たとえば単純であること。単純さを強制されれば、デザイナは本物の問題と向き合わなきゃならない。
  • プログラミング言語に優劣はないというのは真実ではない。プログラミング言語はどれもが、機械語から最もパワフルな言語までの抽象的なスペクトルのどこかに位置する。
  • どの言語に属していても、下の言語の劣悪さは理解できるが上位の言語の性能は理解できない。
  • プログラミング言語で最もパワフルなのはLispである。各言語は進化を重ねているが、だんだんとLispに近づいてきているだけだ。
  • 保守的な人々が礼賛し広くマーケティングされているアイデアは、その業界でのベストプラクティスと呼ばれる。しかし技術の世界で広くマーケティングされているアイデアを採用すれば、単にあなたを平凡するだけだ。

ハッカーを育てる方法は?
  • ハッカーはより「政治的に正しく」ない。プログラムというのは極めて複雑なもので、しかも流動的なものだ。そんな状況では前提を常に疑う習慣が役に立つ。
  • そんな資質を育てることができるかどうかは分からない。しかし少なくともそれを抑えつけないことはできるだろう。



楽しめたよ。この本から感じた印象が以下だ。
1. 自分を優秀だと思っている。
2. 自信があるから、ものごとを明確にすることを恐れない。
3. そういうマイノリティな生き方に親しんでいるから、似た生き方をしてきた人々に同調と仲間意識をもつ。
つまり俺ですね。全体的にこの本は、どんだけ自分が正当か理論立って説明したものだ。通読にあたりずっと気分良くいれたのは、全編に渡ってホメられているように感じたからだ。これは以前『マズローの心理学』読書で感じたものと同じだ。俺が思うに人ってのは、一度は自分ですでに考えたことがあること以外を理解することはできない。本を読んだ初めての理論をその場で理解できたとしたら、それは一度自分の頭で考え直して理解しているんだ。この本にあることのほとんどは俺が慣れ親しんだ世界観に存在する思想だったから、よく理解できて気楽な読書だった。さらに俺は最近プログラムをかじっているからそういう分野の記述もそこそこ理解できた。いやあ楽しめたぜ。
だけど、書いてあることがだいたい俺の頭にあることだったとはいっても、同じような文章が書けるかと言われれば否っぽい。すごく文章がうまいと感じた。たくさん出てくる例え話も理解しやすかったし、さすが業界でたくさん経験されてるだけあって説得力ある具体的な記述にあふれていた。


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G・ガルシア=マルケス『百年の孤独』



いやいやいや、確かに前回俺は「次は読みづらいのを選ぼう」って言ったぜ。でもこんなに苦労する一冊だとは予期していなかったよ。三週間かかった。俺は一週間に一冊くらいのペースを望んでいるんだよ! そんなわけで今回の一冊は、百年にわたるブエンディア一族の歴史をひたすら辿っていくというお話だった。サマリと感想を書く。



あるところにホセ・アルカディオ・ブエンディアくんとウルスラ・イグアランちゃんがいた。ふたりはスゲー仲良しで結婚したんだけど、実はいとこ同士である。親類同士で子供をつくると豚の尻尾のある奇形児ができると脅され続けたウルスラはずっと子供づくりに否定的であった。が、ある日そのことを知人にからかわれたホセ・アルカディオ・ブエンディアはキレて知人をぶっ殺し、その勢いで子供をつくる。それはいいんだけど知人の亡霊がずーっと出続けるのに参ったふたりは故郷を出て新しい村を作ることにする。
そうしてできた村がマコンドだ。ホセ・アルカディオ・ブエンディアは精力的で公平な指導者なのでマコンドはいい感じの村になったが、ある時ジプシーのメルキアデスが来村し、錬金術を伝来させる。ホセ・アルカディオ・ブエンディアはそれにハマっちまって、すっかり手に負えない変人になっちまったので、木に縄で繋がれてしまう。ただメルキアデスはいい人なんだぜ。ブエンディア第一世代はこんな感じ。

第二世代は上のふたりの子どもたちである三人兄弟、妹の、ホセ・アルカディオアウレリャノアマランタだ。長男のホセ・アルカディオはわがままだけど筋骨たくましい男の中の男で、遠くからやってきた母ウルスラのまたいとこレベーカと略奪愛の上結婚する。男らしィ! 次男のアウレリャノは月経も来てない美少女レメディオス・モスコテと結婚した紳士の中の紳士。が、そんな一発ネタでは終わらない男で、生まれつき予知能力があり、大人になったころには大佐になって戦争でご活躍する。長女のアマランタは恐るべき恨みの女で、上述のレベーカとの恋の戦いに破れレベーカを恨み続ける。恨みまくった挙句、まったく関係ない兄貴の嫁レメディオスちゃんが自家中毒で死んだものだから罪悪感にさいなまれちゃう。そんな、まあ悪い子ではないよねって感じの妹キャラだ。ちなみにお兄ちゃんふたりは、それぞれ嫁さんがいるくせに、まったく関係ない占い師ピラル・テルネラさんと子供を作り、その子らが第三世代となる。ちょっと混乱するからそういうことはやめてくれませんかね。

第三世代は三人兄弟妹の長男ホセ・アルカディオの息子アルカディオと次男アウレリャノの息子アウレリャノ・ホセの時代だ。眠たいときにつけたフォルダ名みたいにややこしいネーミングだが、この世代を乗り越えれば割りとわかりやすいので安心してほしい。アルカディオは上述のアウレリャノ大佐にマコンドを任せられるが、ダメなタイプの支配者になっちゃって好き放題する。彼の三人の子供が第四世代となる。嫁さんは母ピラルさんの紹介(意味深)で会ったサンタ・ソフィア・デ・ラ・ピエダさん。後者アウレリャノ・ホセについては正直印象が薄い。子供もおらずこの先出てこないので省略しちゃおう!

前述の通りアルカディオとサンタ・ソフィア・デ・ラ・ピエダの子どもたちが第四世代。結構ハジけた連中だ。双子のホセ・アルカディオ・セグンドアウレリャノ・セグンド。ホセ・アルカディオ・セグンドのほうはあんましパッとしない奴で、一大事業を試みるものの尻すぼみな結果に終わったりしちゃう。アウレリャノ・セグンドのほうは中々モッてる男で、空前の好景気に後押しされる形でめちゃめちゃ儲けて、女王になるべく育てられたフェルナンダ・デル=カルピオと結婚する。そしてヤバ中のヤバ、長女レメディオス。小町娘の異名をもつこいつは化物レベルの美貌をもった美少女だが、芯からの天真爛漫で、世俗にも男にも興味がなく、いつも屋敷を裸で駆け回っている。男たちはみんなこいつに求婚してはフラれるが、それだけでは済まずみんな謎の死を遂げる。果てには光に包まれて空へと姿を消す謎っぷり。何なんだこいつは。このハジけっぷりにも負けず、上述のフェルナンダさんは屋敷に常識を保ち、子をもうける。屋敷の変人たちはフェルナンダさんを割りと厭うているけれど、この子いなかったら一族終わってるから。

第五世代は上述どおりアウレリャノ・セグンドとフェルナンダの子供たち。ホセ・アルカディオレナータ・レメディオスアマランタ・ウルスラの三人だ。この連中は全世代のイカれ具合を返上するが如くのまともっぷり。長男ホセ・アルカディオは神学校へ行き、長女レナータ・レメディオスは楽器の学校へ行く。末っ子アマランタ・ウルスラは外国からきちんとした旦那を連れてくる。が、やがて帰宅した長男は殺される。次女は友達もめっちゃいる明るい子で、いい男と恋に落ちるが、彼の不幸と同時に唖になって一生喋らなくなってしまう。ただこの二人は子供は作れていて、その子が次の世代となる。末っ子はせっかく連れてきた旦那をほっぽって屋敷の仕事ばかりに熱中し、旦那は国へ帰ってしまう。

上述の子、アウレリャノ・バビロニアが唯一の第六世代である。彼は同じく上述のアマランタ・ウルスラが大好きになっちゃう。彼女のほうも旦那から気持ちが離れつつあるから、お互い好き好き大好きになって寝まくる。やがてアマランタ・ウルスラは妊娠して、豚の尻尾のある子アウレリャノが生まれる。出産と同時にアマランタ・ウルスラは出血で死亡する。赤ん坊のアウレリャノも死んでしまい、蟻に食われることとなる。そのときアウレリャノ・バビロニアはジプシーのメルキアデスが百年前に残した羊皮紙を読む。そこには「この一族の最初のものは樹につながれ、最後のものは蟻のむさぼるところとなる」と書かれていた。アウレリャノ・バビロニアはその羊皮紙が一族のすべてを予言したものだと気づく。そこにはマコンドが暴風によって滅びることが記されており、今がまさにそのときであった。



ビックリするくらい体力を消費する読書だった。
  • 主人公がいない話なので、読者としての視点をどこにおけばいいかわからなかった。ミステリーだったら犯人とトリックの判明、愛憎物語だったら人間関係の決着、といったような「何がどうなったら解決か」という俺が本を読むときの基本的な姿勢が通じなくて疲れた。
  • 似たような名前の主人公が続々登場する上に、描写の時系列がたびたび前後する。ホントどうなってんだこのネーミングセンスは?

とはいえ俺はこういう、現実的世界に不思議成分が小さじ一杯はいったような世界観は割りと好みで、読後感は悪くなかった。ボリス・ヴィアン『日々の泡』もそういうタイプだったな。あれは楽しめた。それに、一人の登場人物に固執せず一族の栄枯盛衰をひたすら記録しました、みたいな作りも面白い。神話とか、叙事詩って感じの雰囲気でよかったよ。読むのはクソくたびれたけどさ。いや本当の話。

ほんで作者はこの作品を通して何が言いたいのってところだけど…、ダメだ何にも浮かばねえ。思いつくとすれば、作者のもつ雑多な思想を各所に散りばめて、自己の思想体系をブエンディア家という枠組みの中で表現するのが目的か? わからん。


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米澤穂信『さよなら妖精』



例によって雑食読書を志すゆえ、おすすめ本を知り合いに聞き込みした。サマリと感想を書く。



高校生の守屋くんはある日たまたまユーゴスラヴィアからやってきたマーヤちゃんに出会う。マーヤちゃんの目的は、バルカン半島の6共和国を統合し7つめの国ユーゴスラヴィアを生み出す一助を担うことだ。そのために各国の文化を学んでいるマーヤちゃんだが、今回日本で面倒をみてくれる予定だった奴が死んじゃってたもんで途方に暮れていたのだ。守屋くんは彼女に宿を紹介してやり、それが縁で二ヶ月の交流が始まる。
ところで守屋くんは何事にも真剣に打ち込めない子で、それがちょいとコンプレックスであった。そんな彼だけど、壮大な夢の実現のため、あらゆることに興味をもち、日本の文化を調査奮戦するマーヤちゃんを見て揺り動かされていく。彼女と同じ目線に立ちたい、別の世界へ飛び立ちたい、との思いで、守屋くんは自分もユーゴスラヴィアへ連れて行ってくれるよう頼む。マーヤちゃんはその懇願を一蹴して、国に帰ってしまった。
一年後、バルカン半島は戦火に包まれた。その頃には、さすがに、観光気分であんなお願いをマーヤちゃんにした自分はアホだったなと守屋くんも悟っていた。だが、今の自分なら彼女のそばにいられるかもしれんと一念発起、守屋くんはユーゴスラヴィアへ渡りマーヤちゃんを紛争から救い出しにゆく決心をする。しかしその決意も虚しく、ユーゴスラヴィアからマーヤちゃんの訃報が届くのだった。



今回は俺たちの好きな「成長済物語」じゃなく、「成長物語」だったわけで、特に気に入ることはなかった。ただし本作は日常系ミステリで、各所に散りばめられたささやかな謎と、推理ショーは楽しめた。ミステリ大好き。

俺としては主人公がマーヤちゃんではなく守屋くんだったことが残念だったな。どちらかといえば共感できるのはマーヤちゃんだろう。彼女が主人公だったら好みの「成長済物語」だったはずなんだが。特に共感できたのがサマリにも書いた、守屋くんに国への同行をお願いされるシーン。俺も似たような経験があり、懐古心をくすぐられたぜ。「私もつれていってくれ」。マーヤちゃんが守屋くんの頓珍漢な覚悟を一蹴したのに比して、俺はそういうときは快諾ばっかりしちゃうタイプ。やっぱり嬉しいからね、そういうことを言われるのは。でもそうやって始まった関係が長続きしたことは一度もない。作者もそういう経験があるのかしらん。



巻末の解説で知ったのだけれど、この作者って『氷菓』を書いた人だったのな。道理で、共通した日常系ミステリの香りが漂っているわけだ。ついでに『春期限定いちごタルト事件』の作者でもあったようだ。ああー、そうそう! あれも、こういう風味だった! とても読みやすく感じの良いミステリだったから、ついつい立ち読みで読破しちまったんだよ。ただこういうあっという間に読み終わってしまう本ばっかり選ぶと読書感想文が嵩んで大変だからな。次は読みづらいのを選ぼう。そういう事情から小難しい本を読まざるをえなくなるあたり、この「本読んだら感想文をかく」ってシステムは成功していると思う。


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貴志祐介『悪の教典』



先回の『吾輩は猫である』が三週間もかかっちゃってくたびれたから、さくっと読めそうなのを選んだ。そしたらめちゃめちゃ楽しめて上下巻を二日で読めちまった。サマリと感想を書く。



蓮見さんはとっても合理的で理性的な奴で、ガキのころから頭がまわり、生活の中で出くわすあらゆる問題をざっくざっくと迅速に片付けることができる高校教師だった。
嫌な教師がいれば殺し、自分より人気の男子がいれば殺し、それが両親にバレたら殺し、仲良しの同級生がレイプされればレイプ犯を拷問して殺し、同僚に横領の濡れ衣をかぶせ、教え子が万引きをしたらすぐさま一緒に謝りにいってやり、毎朝カラスがうるさければ罠を作って殺し、職場の学校でカンニングが起きれば違法な方法で防ぎ、クラスのいじめっ子は精神的に追い詰めて退学にし、モンスターペアレントは殺し、性的欲求がわけば担任クラスの子と寝て、それが同僚にバレそうになったら退職させ、生徒にバレそうになったら土に埋め、それが女子にバレそうになったら屋上から落とし、それも他の女子にバレちゃったから首を折る。
と、かなりうまくやってきたんだがそのへんでさすがに担任クラスのみんなに疑いが広がりマズいことになりそうなんで、かつてないほど大胆な解決法……クラスまるまる皆殺し計画を立てる蓮見さん。如才なく濡れ衣をかぶせる奴も用意し、クラス40人+当直教師の皆殺しに見事成功する。駆けつけた警察にもボロを出さず受け答えし、なんなくクリアー。と思いきやさすがに見逃しがあり、ささいな証拠から犯行が露見しちまう。これは残念。だが冷静な蓮見さんはすぐさま「すべては神の指示だったんですよ…」と狂人の演技を始める。責任能力の欠如を根拠に死刑をまぬかれる手である。弁護士団が結成され、コトは目論見通り進むこととなった。
この成り行きに事件の全貌をしる人々は、もしも釈放なんてされちまったこのサイコ野郎絶対殺しにくるだろ…、と戦々恐々であった。



スゲー読みやすかった! 主人公が理性的で冷静な話っていうのはやっぱり読んでて気分がいい。例の緑セレクションにまた一冊加えることができてホクホクだ。セレクションインの感想文では毎度書いてることだけれど、主人公がブレないというのは語り部として本当に理想的だ。そういう連中は決断が速く、話をサクサク進めてくれる。

同セレクションの『異邦人』なんかでは主人公が処刑されちゃったわけで、すわ今回もハスミンが死んじまうんじゃないかとハラハラしたが、これは杞憂に終わり一安心だ。しかも、生徒サイドもハスミンサイドもどっちも勝ち、って思えるようなラストだったのには感服。

ストーリーについては、これは親愛なるルームメイトの同意も得たことだけれど、俺たちは基本的に「主人公の成長済物語」が好きなんだ。だからこういうストーリー展開は俺としては大歓迎。ただルームメイトはグロがダメなのでコレはムリかな。

ほんで見過ごせないのが、蓮見さんがたった二回だけ「ブレ」を見せるところ。憂実ちゃんを殺さんとするときと美彌ちゃんを殺すときだ。俺はこういうシーンに弱いんだよな〜。キュンときちまう。いや「ブレる人が好き」なのではなくて「ブレない人が、不意に自分のブレを自覚して戸惑う」姿が好きなんだよ。マジョリティに受け入れられづらいハスミンのような奴にとって、自分の内面を理解しつつも受け入れてくるような上記二人のような女性って、グラリときてしまうものなんだよな。美彌ちゃんの場合は「グラリ」のタイミングではまだハスミンの内面に気づいているとは言い難いが、事件生還後に受け入れているような描写がある。ハスミンは心理に精通している為そのことを感じ取っていたのだと理解すれば辻褄が合う。

問題解決の方法に殺害を選ぶことについては、俺は妥当だと思う。それがどんな問題にせよ、「ぶち殺してしまうのが一番いい」のだ。これは愛すべきマックス・デミアンと同意見。


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夏目漱石『吾輩は猫である』



この本はガキの時分トライしたことがあるのだけど、途中でリタイアしたんだよ。全然楽しめなくて。読むのやめちゃったの。だけれど、読書体力がついた今ならば! と今回読んでみたらあっさり読了できちまった。三週間かかっちゃったけれどね。サマリと感想を書く。



無名の猫「吾輩」は野良猫をやっていたが、ひょんなことから教師をやってる珍野苦沙弥さんちに住むことになる。そんなにいい環境でもないけれど、欲をいっても際限がないからこの家を終の棲家と定めることにする。
これがわりと賑やかで、同級生の迷亭や教え子の寒月くん、その友達東風くんがたびたびやってきて喋り倒す。金持ちの金田に嫌がらせを受ける事件があり、泥棒が入って山芋を盗まれる事件があり、隣の学校の生徒に野球ボールを打ち込まれる事件があった。哲人の独仙は警句を語り、同級生鈴木の籐さんは金田の指示で苦沙弥をスパイしにやってくるし、苦沙弥さんの娘たちはいつも騒がしい。
そんな生活を眺めていると、猫と比べて不合理な人間にも愛着が出てきて、面白い経験ができることにも感謝の念がわくものだった。そんなある日のこと吾輩ちゃんは客の残したビールを舐めて酔って水瓶に落ちて死んでしまう。けど、真の太平というのは死ぬことでしか得られないと悟っていたから、安らかに逝ったようだ。まあよかったよね。



いやあ普通に笑い声が出るレベルのギャグ満載の物語だった。なんというかな言い回しが面白いんだよね。語り手である猫はとかく客観的で人間を滑稽に思っているから地の文が自然笑えてきてしまう。苦沙弥先生たちのやり取りもギャグとして笑けちゃう。たとえば暑い日のやりとり
  • 迷亭「丈夫な人でも今日なんかは首を肩の上に載せてるのが退儀でさあ。さればといって載ってる以上はもぎとる訳にも行かずね」
の時点ですでに口元が綻ぶのに、
  • 吾輩「と迷亭君いつになく首の処置に窮している。」
でヤられた。なんなんだろうねこの面白さは。ギャグってわけでも実際ないし、言い回しかね。シュールギャグってやつ? この猫はわりとナルシストなところがあるので、カワイイ猫ちゃんと尊大な言い回しの差に笑うのかもしれん。たとえばこの猫の地の文なんてのはいつでも次のような調子だ。
  • 吾輩「吾輩は両君の談話を聞いたのである。聞きたくて聴いたのではない。聞きたくもないのに談話の方で吾輩の耳の中に飛び込んで来たのである。」
いや笑うだろこんなん。ところでさ、この調子って、どことなく主人に似てないか? 苦沙弥くんもこんなこと言いそうじゃねえ? なんだかんだいって飼い主に似ちゃったんだなあと微笑ましい。

同じく尊大な様子で銭湯を覗きにいった猫内部の荒唐無稽を改行なしでひたすら描写するところもシュールで面白い。このシーンで面白かったのが、銭湯のはしっこにおすわりして目をぱちくりさせながらじーっと大人しくしている猫の姿が目に浮かぶことだ。この小説ってわりとそういうとこ、あって、猫が喋るからといって決してその行動が虚構の猫らしからないのだよ。

苦沙弥先生と猫のコンビでは次の行がまったく好き。
  • 苦沙弥「いやそういう事は全くあるよ。僕は大学の貸費を毎月々々勘定せずに返して、しまいに向から断られた事がある」
  • 吾輩「と自分の恥を人間一般の恥のように公言した。」
君たちは漫才コンビでも組め。

でもやっぱり良いのは迷亭君だろう。たぶん猫も彼が一等気に入りなんじゃないかな。
  • 吾輩「人のうちへ案内も乞わずにつかつか這入り込むところは迷惑のようだが、人のうちへ這入った以上は書生同様取次を務めるから甚だ便利である。」
迷亭君と独仙君のフマジメマジメコンビも良い。碁盤を挟んだシーン。
  • 迷亭「ちょっとこの白をとってくれ玉え」 独仙「それも待つのかい」 迷亭「ついでにその隣りのも引き上げて見てくれ給え」 独仙「ずうずうしいぜ、おい」
  • 迷亭「どうにもいい手がないね。君もう一返打たしてやるから勝手な所へ一目打ち玉え」 独仙「そんな碁があるものか」
  • 迷亭「独仙君いい加減に切り上げようじゃないか」 独仙「まだ片付かない所が二、三箇所ある」 迷亭「あってもいい。大概な所なら、君に進上する」 独仙「そういったって、貰う訳にも行かない」 迷亭「禅学者にも似合わん几帳面な男だ。」
いやあこれは当時の腐女子に囃されたことだろうな。迷x独からのリバース独x迷ってところか?

終盤、総大成のように仲良し組が苦沙弥先生の家で喋り倒すシーンは雰囲気が大好き。
  • 東風「夜通しあるいていたようなものだね」 迷亭「やれやれ長い道中双六だ」 寒月「これからが聞き所ですよ。今までは単に序幕です」 迷亭「まだあるのかい。こいつは容易な事じゃない」 寒月「ここでやめちゃ仏作って魂入れずと一般ですから、もう少し話します」 迷亭「話すのは無論随意さ。聞く事は聞くよ」 寒月「どうです苦沙弥先生も御聞きになっては。もうヴァイオリンは買ってしまいましたよ」 苦沙弥「こん度はヴァイオリンを売るところかい。売るところなんか聞かなくってもいい」 寒月「まだ売るどこじゃありません」 苦沙弥「そんならなお聞かなくてもいい」 寒月「どうも困るな、東風君、君だけだね、熱心に聞いてくれるのは」



この話でも「人は石である」理論の妥当性を感じた。「自分と異なるものには腹が立ちづらい」って理論ね。この話っていじわるな連中とか性根のアレな連中が出てくるのだけど、吾輩ちゃんの地の文からは、それによって気分を害した様子とかが伝わってこないのだよ。それはまったく妥当なことで、吾輩ちゃんにとって人間って全く異なるものであり、異なるものってのは基本的にどうだっていいのだ。俺が人に感じている「石」感よりも強い「石」感を我輩ちゃんはもっていることになる。だから吾輩ちゃんは人間に苛立ったりしないし、客観性を持ち続けられるのだ。それをちゃんと文章で表現できている夏目漱石はやっぱスゴいと思うぜ。



実のところ読みはじめのころは、物語の主軸が見つからなくて読み方を定めるのに難儀した。でもそのうち分かった。これはシットコムのようなものなんだな。共通の登場人物が、状況と場所を変えて面白おかしく喋り倒す、それを楽しむものなんだ。それでFRIENDSでいうところのCentral Perkが珍野宅ってわけだね。そうしてみると迷亭君が蕎麦を食ってるシーンに寒月君がやってくる描写なんて、Central Perkでチャンドラーとジョーイが喋ってるところにフィービィがやってくるようなところを彷彿とさせる。
  • 我輩「ところへ寒月君が、どういう了見かこの暑いのに御苦労にも冬帽を被って両足を埃だらけにしてやってくる。」

蕎麦で思い出したが、ガキの時分のみどりんがわさびを食べられるようになったのって、このシーンのお陰だったんだよ。確かこのシーンのちょっとあとでリタイアしたのだけど、このシーンで迷亭君が蕎麦を食ってるのがとても美味しそうだったもので、そのときから蕎麦にはわさびを入れるようになったんだった。今回の読書では期せずしてこの思い出のシーンに出会えたのも楽しめた。

てか何俺当たり前のように迷x独とか言ってんだ!? ルームメイトの影響だ!



(2017.02.12.追記)
おっと大事なことを書き忘れていた。内容に関することじゃあないのだけど、今回の本は脚注がまとめて巻末についているタイプだったが、これはとても参照しづらく快適な読書に障る。いやこういう形式の本のほうが多いから、これだけ見たら文句も言わないのだけど、『崩れゆく絆』という俺にとって理想的な脚注の本を経験しちゃっているもんで。

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今邑彩『よもつひらさか』



メガテン4Fに同名のフィールドがあったなーって思って選んで読んだ。短編集だったので全体的なサマリと感想を書く。



基本的に、異常者と、自体を正確に把握できず勘違いする人が織りなすサスペンス、ホラーの短編集だった。
超ラジカルな二重人格をもつ人の話、魔法の鏡を使ってるうちにいかれちゃった人の話、同名の妻子から起きた悲劇、時空を超えてデートする男女、人を真っ二つに叩き切る人の話、天井のアヤシイ染みの話、お喋りな犯人が勝手に自白して聞いた奴を殺す話、夢の中へいくためプールの底に頭を叩きつける話、クズな夫がいたいけな奥さんを叩き殺すクズな話、親子のすれ違いから殺人に発展する話、殺人ストーカーの純愛らぶらぶストーリー、そして現代のよもつひらさか。



読んでいる最中は、なんだかどれも同じような話だなあ? と思っていた。どれも、異常な事態を正確に把握できないことで展開するサスペンスだと思ってた。けれど、こうして振り返ってみると多彩なサスペンス、ホラーで先回の読書に引き続きあっという間に読了しちまった。どれも救われない話や不穏な先行きを暗示する話なんで、読後感がすっきりじゃなかったなあ。つーかこのサスペンス世界に巻き込まれる夢をみちゃったぜ。まじまじ。子供かよ。やっぱり緑さんはハッピーエンドの話が好きだね。


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西尾維新『難民探偵』



サマリと感想を書く。



就職難民の証子ちゃんはいっときの寝床とアルバイトのため叔父の京樹さんのとこへ転がり込む。小説家である叔父のゆるい雑用に精を出しつつ本筋の就職活動を続ける証子ちゃんだったけど、ひょんなことから京樹さんの知人根深さんの殺人事件捜査に同行することとなる。根深さんはもともとキれる刑事だけあって、ちょっとむつかしい事件だったけれど無事解決、証子ちゃんもちょっとだけ解決に寄与できて、なんとなーく達成感を得られたのだった。とはいえそれがどうということにもならず、相変わらず証子ちゃんは面接に落ち続け、履歴書を書く日々を続けるのだった。



本の厚さのわりには内容は軽く薄かった。けど先が気になるお話展開だったし、数日で読めちゃったぜ。ちょっと文章が俺にはくどかった。西尾維新さんの小説では『悲鳴伝』がめちゃお気に入りなのだけど、あれの続編は語りがくどくて話が長くてちょっとな、って感じだったが、それと同じくどさを感じた。なんか客観的描写が多いんだよな。
謎解きの部分は楽しめた。やっぱりサスペンスとかミステリーが好きみたい。


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柳田國男、京極夏彦『遠野物語remix』



柳田國男さんが1910年に発表した『遠野物語』を、京極夏彦さんが現代語訳 + 章の順番をテーマごとに入れ替えたりして読みやすくしてくれたものみたい。サマリと感想を書く。



遠野郷出身の佐々木さんが話す、故郷のお話。それがなんとも面白かったんで、柳田さんがそれを書き留めたのが『遠野物語』だ。遠野郷ってのは、附馬牛、土淵、松崎、青崎、上郷、小友、綾織、鱒沢、宮森、達曽部の10村からなる風光明媚なところではあるんだけど、聞くだになんともヤッバイところみたいだ。たとえば……
  • 山には基本的に山人っていう連中が棲んでる。やたらデカい人形の謎クリーチャーどもで、毎年大勢の女子供が連中に攫われる。
  • あと遠野郷の河川には河童がたくさん居る。普通河童は緑色なんだが、遠野郷の河童は真っ赤だそう。河童は人を孕ませる。そうして生まれた子供には水かきがついていたりするので、みんなで叩き殺す。
  • 有名な妖怪である経立(ふったち)もたくさんいるようだ。とくに六角牛山には「六角牛の猿の経立が来るぞ」という脅し文句が存在するほど多く、人に石とか投げてくるんで大変みたい。まあ猿ならその程度だけど狼の経立とかは結構ヤバくて人々に恐れられている。
  • お化けとか幽霊、死者の起き上がりはめっちゃ出現する。まあ一部は狐の仕業らしいが。
  • 天狗森ってとこにはその名の通り天狗がいる。顔が赤い連中で、ちょっかいを出すと数日後手足を引き抜かれてぶっ殺されてしまう。
  • 山神っていう連中もいて、こいつらも顔が赤い。
  • ヤマハハと呼ばれる山姥みたいなものもいたらしく、よく娘を追い回して食ってたようだ。だけどヤマハハについては「昔々」で始まり「コレデドンドハレ(めでたしめでたし)」で終わるお伽噺の類らしいから安心だな! いやまて、それ以外はいんのかよ。
魔境かよ。バケモンだけじゃなく人々に祀られている神様もたくさんいる。座敷童衆はもちろん、旧家に祀られているオクナイサマとか、獅子舞みたいなゴンゲサマ、子供と遊ぶのが好きなカクラサマ、男性器を模した像で祀られるコンセサマ(なんだそれ)、娘とまぐわった馬が怒り狂った親父さんに首を切られたあと娘を連れて天に登り神となったオシラサマ(なんだそれ!)などなど。
そしてキメ台詞。願わくはこれを語りて、平地人を戦慄せしめよ!





いやあ読みやすかった。巻末にオリジナルの『遠野物語』も載せてくれてるんだけど、うん、まあ、100年という月日を感じさせる読みづらさだったぜ。やっぱし文学作品ってのは50年周期くらいで現代語訳をすべきだよな。今回とっても楽しめたから、余計にそう思うぜ。しかも今回は、章の順番を入れ替え世界に浸りやすく編纂してくれてたんでナイスな現代語訳だと感じた。山中の郷の説話集だから、なんか望郷的な気分になれてよかった。故郷が遠野と似た諏訪の山中だからなおさらな。諏訪にはバケモンはいなかったけど。

あんまりバケモンバケモンした話ではないんだけれど、三人の女神姉妹がそれぞれ宿っているという、早池峰山、六角牛山、石神山の話が結構好きだった。これらは遠野郷を囲む山々だから、遠野郷は神に囲まれた土地でもあったって話。これらは現代もふつーに存在する山々なんで、なにかの折に訪れることがあれば思い返すことにしようぜ。

なお東方好きの俺としては『遠野物語』といわれて浮かぶのが『遠野幻想物語』だったりするのだが、ちゃんとマヨヒガに関する話も含まれていたぜ。山中にある不思議な家マヨイガ。


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村上春樹『中国行きのスロウ・ボート』



気楽に気分のよい読書タイムをエンジョイしたいときは、村上春樹を手に取るにかぎる。俺は彼の文章が大好きだ。平易で清潔で整頓された感じがして、気分が整理されていくのを感じる。これは短編集なんで、お話ごとのサマリと感想を。



中国行きのスロウ・ボート
  • 「僕」が人生の中で出会った三人の中国人との思い出話。
  • もちろん文章はステキ。なんだけど話の意味はよくわからん。どこにいってもそこは自分の居場所ではないと感じる「僕」の気持ちを、同じく「本来の居場所である中国」から遠く離れた中国人たちと重ね合わせているのかな? 「友よ、中国はあまりにも遠い。」

貧乏な叔母さんの話
  • 「僕」が書いた貧乏な叔母さんの話。貧乏な叔母さんってのは、結婚式に出席しても誰にも紹介されず誰からも話しかけられず、贈り物をしても押入れの奥にしまい込まれるか引っ越しの折に捨てられるだけ、というような物寂しい者のことだ。
  • よくわからん。でもとりあえず貧乏な叔母さんのイメージ描写がふんだんに盛られてて笑う。村上さんがこの種の物寂しいイメージに「貧乏な叔母さん」という形を与えることを思いつき、それを「僕」が言っているのと同じように、それをテーマにひとつ書いてみたい、と思って書いた話なんかな。

ニューヨーク炭鉱の悲劇
  • その年は「僕」にとっておそろしく葬式の多い年だった。「僕」は喪服をもってないんで、葬式があると友人に借りてるんだけど、今年はマジで多いからホントいつもごめんねって言いながら訪ねてお酒飲みながらちょっと喋ったりする話。
  • いやもう、な。それと、動物園の話とかパーティでヘンな女にヘンなナンパをされかけたりするんだけど。まったく意味がわからん。今のところどの話も意味不明なんだけど俺の読解力大丈夫か?

カンガルー通信
  • デパートへの苦情を処理する「僕」が、ひとりのお客に苦情の返事をカセット・テープで送る。あなたの苦情は却下されちゃったけど、あなたの手紙はとっても魅力的で、文章、筆跡、句読点、改行、レトリック、何もかもが完璧でした。それは僕を性的に興奮させます。でも僕という個体があなたと寝ることを希望してるんじゃなくて、僕がふたつに分割され、あなたと寝ていない僕がありながら、あなたと寝たいのです。
  • みたいなマジキチ・メッセージの話。さすがの俺でもここまでくればこの短編集の役割がわかってくる。互いに繋がることなんてないような、そして言葉にもできないような、断片的な思想や思いをひとつずつ取り上げて、それに「ちょっとしたストーリー」という形を与えるのが短編のもっている意味なんじゃね? この話でいえば、「僕が僕であるという個体性を厭う」という思いを、ひとことで主張するんじゃなく、ストーリーにして、ゆっくりと語らっている。たぶんね。

午後の最後の芝生
  • 「僕」は19歳。芝刈りのバイトをしてたんだけど、恋人と別れるに伴って辞めることにした。ほんで最後の芝刈りに向かう。「僕」はものすごく丁寧に芝刈りをする奴で、そこんちの奥さんは喜んで、身の上話やらサンドイッチやらをご馳走してくれる。終わったあと恋人と別れることになった理由を考えてみると、こんな感じだった。「僕が求めているのは芝を刈ることだけなんだ」。
  • 「人」よりも「きちんとやること」に関心をもつ、ということがテーマだろう。芝刈りの下りで「僕」がどんなに芝刈りに熱心で、かつ人の感心をかうレベルなのかを描写し、恋人の下りで、その傾向が人へ向かう思いよりも強いことを表現してるんじゃないかな。気持ちはよくわかるぜ。テーマにストーリーを与えていることもすごいけれど、まずもって「きちんとやること」という概念に「芝刈り」という形を与える作業に成功していることも作者のセンスを見せているよな。概念と形而下の事物を結びつけるのってなかなか技術がいると思うからさ。

土の中の彼女の小さな犬
  • 毎年シーズン・オフに訪れるホテルで、女性と知り合って彼女の犬の話をきく。彼女が小さいころ、飼っていた犬が死んじゃったので庭に埋めた。そのとき持っていた通帳も棺桶に同封した。のちに、お金がちょっと必要になったときその通帳を掘り返してみた。通帳には「匂い」が染み付きすぎて、使えなかった。そのときから彼女の右手には「匂い」がずっと残っている。
  • 子供の頃のトラウマは大人になると実際以上に強固に残り続けるって話かな? 最後に「僕」が右手を嗅いでも石鹸の匂いしかしねーぞってシーンがあるが、そこが「実際以上に強固になる」ってのを表している気がする。そうなんだよな。ガキの頃のトラウマって……たとえ今経験したって3日で忘れるだろってことでも……ずっと覚えてるもんだよねえ。

シドニーのグリーン・ストリート
  • 父親の財産のおかげで一生遊んで暮らせるような「僕」は、シドニーのグリーン・ストリートに住んで私立探偵を道楽でやっている。そこへ羊男なるきぐるみ野郎がやってきて、羊博士に耳をむしられたから取り返してくれ、という依頼がくる。電話帳をめくって羊博士の居場所を調べ上げ、説得したら耳は返してもらえた。めでたしめでたし。
  • やばいこれは全然わからない。最後の最後にこれか。



気楽に気分のよい読書タイムをエンジョイできた。この人の文章が大好きだ。


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村田沙耶香『コンビニ人間』



親愛なるルームメイトがもってたんで借りて読んだ。サマリと感想を書く。



古倉恵子ちゃんはガキんちょの頃からめっちゃ合理的な奴だった。小鳥が死んでるのを見れば鳥料理が好きな家族のために持ち帰ろうとするし、男子がケンカ中の教室で誰かが「誰か止めてっ」と叫べばようし任せろとばかりにスコップで殴り倒し「止めたよ」とキメる。親切で、合理的かつストロングな娘である。ただ周りの連中にはドン引かれ、そういう行いが社会では認められないものなんだと自覚する。なるたけ自発的に行動しないよう心がけ、妹の助言で最低限の社会的ふるまいも覚えて慎重に過ごしていた恵子ちゃんだったが、すべてがマニュアル的に活動するコンビニエンスストアという聖地を発見する。ここなら、全部マニュアルに従っているだけで、ドン引きもされないし逆に評価されるのだ。やったぜ。
そんなグレートな環境で働き続けはや18年、恵子さん36歳。またもや周囲の連中がうるさくなってきた。36歳で未婚で恋愛経験もなく、アルバイトしてるなんてどーよ? というわけである。妹から授かった切り札「いやあ、ちょっと持病があってさー大変でさー」もそろそろ効かなくなってきた。面倒なことになってきたぞ。そこで発見したのが白羽さんという35歳の男性。こいつは人々に干渉されるのに辟易してる奴だ。恵子さんはいいアイデアを思いつく。こいつと一緒に住んで結婚とかすれば、周りの連中も黙るんじゃないか? と。白羽さんも食費と寝床を出してもらうのと引き換えに恵子さんちに住むことを承諾してくれた。効果はてきめんで、「男と同棲!? よーやく恵子ちゃんもまともになったか!」とみんなが祝福してくれる。その流れにのせられて、恵子さんはコンビニバイトを辞め、企業に就職を試みることになる。結婚して、白羽さんが主夫、恵子ちゃんが稼ぐ、って感じの形になれば、もうわりと一般的だから周囲も受け入れてくれるって寸法である。
いよいよ一社目の面接日となった恵子さんだが、たまたまコンビニへ立ち寄ったとき、初めてコンビニへ属したときの思いが蘇った。全身の細胞がコンビニのために作り変えられていくような、コンビニ店員という動物として生まれ変わるような気持ちだ。白羽さんはぷんすかで、「絶対に後悔するぞ!」と忠告してくれるが、恵子さんは「一緒には行けません。私はコンビニ店員という動物なんです。」と毅然とした態度だ。そして恵子さんはコンビニへ戻っていくのだった。



スゲー読みやすかった! 緑さんの「主人公が親切で合理的で人間らしくてステキ」セレクションがまた増えてしまったぜ。他のはカミュ『異邦人』西尾維新『悲鳴伝』筒井康隆『旅のラゴス』ね。こうして並べてみると、ムルソーさんも空くんもラゴスさんも恵子さんも、ほんと好みの連中だよ。親切で合理的で人間らしくて、なにより行動力があるところがいい。ぐんぐん話を進めてくれる。人間としてデキているので、内的な問題が少なく、ゴールをサクッと定めて動き出してくれる。ストーリーテラーとして最高の役者だよ。ってこういうこと前も書いたっけか。今回のお話についても、恵子さんの最後の毅然とした態度に痺れる。俺はやりたいことをはっきり口にできる奴が大好きだ。

このお話のテーマとしてはやっぱり自分探しだろう。言い換えると生き方探し。夏目漱石『坑夫』と同じ。「いまの自分の居場所が自分にとって最適なんだが、ちょっと違う環境に身をおいてみると、もともとの居場所が最適だったことがよりいっそう際立っていいよね!」ってやつね。恵子さんは18年間聖地であるコンビニにいたから、それに慣れちゃってて、その価値にも慣れちゃってたんだろう。だからちょっと周囲の連中に突っつかれたくらいで「んー、ちょっと身の振り方変えてみようかな」ってなってしまった。だが最後にはもとの居場所の素晴らしさを認識し、めでたしめでたし、って流れだ。いやちょっと責めるような言い方をしちゃったが、こういう冒険はちょくちょくしたほうが楽しくていいと思う。冒険をたくさんした奴ほど、いまの自分と自分の居場所に自信をもっている。たくさん歩いた奴ほど、背筋が頑丈なものだ。それに恵子ちゃんが冒険しようと思った動機には少なからず妹さんや白羽さんへの親切心があるわけだろ。いい奴だよ。恵子ちゃんの周囲の連中は見習っときなさい。ほんと。

同じテーマである(だと思う)『坑夫』では、主人公のボンボンはめっちゃヘボい野郎だったので、結果として「ヤなことあったら環境かえてみ」っていう教訓話になっちゃっているけれど、『コンビニ人間』では恵子ちゃんが立派なおかげでまったく教訓話めいちゃいないな。むしろ、「うむ、せやろな」って思いを与えるお話って感じだ。こっちのほうが俺は好き。うむ、せやろな。いやーよかったよ。


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